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第16話 王太子

Author: 甘梨鈴
last update Last Updated: 2025-06-18 17:00:08

 ランダリエ国王の即位二十周年記念式典には、諸外国から貴賓が訪れる。それらの接待をエマがほとんど任されることになったのは、二ヶ月前のことだった。

 第二王子の婚約者という立場に加えて、レオナールがやるべき仕事をエマに全て押しつけてきたからだ。

「帝国の皇太子は、兄上が接待するそうだ。他の貴族は貴様がもてなせ」

 一方的に命令し、エマをきつく睨んだ。

「いいか。兄上に劣らぬ完璧な接待で、オレの評判を上げるんだ。間違っても、オレの顔に泥を塗るなよ?」

「……かしこまりました」

 レオナールに逆らえるはずもなく、エマは一人で準備をする羽目になった。

 ナタリナが本館のメイドを捕まえて聞いたところによると、レオナールは皇太子の接待を任されなかったことに腹を立てて、国王の叱責を受けたと言う。

 エマと二人で、訪れる帝国貴族をもてなすよう命じたというが、レオナールが従うはずがない。

「陛下は本気で、あの男が真面目に働くと思ってるんでしょうか?」

「ナタリナ。そういうことは言ったらいけないよ」

「誰も聞いてませんわ」

 ナタリナはそう言って、悪口を止めない。

「全く、忌々しいこと! ここへ剣を持ち込めるなら、今すぐ叩き斬ってやりたいくらいですわ」

 ナタリナは時々、物騒なことを言う。

「ナタリナ」

「冗談です。エマ様」

 微笑むナタリナに、エマもそれ以上は咎めなかった。

 誰にも聞かれてないことを確かめた上での発言だし、エマ自身も、レオナールがいなくなればいいのにと常々思っていたからだ。

 そうしてエマは、一人で準備に奔走することになったが、意外にも手助けしてくれた人がいた。

 王太子のダリウだ。

 レオナールの兄で、エマより十歳年上の王太子は、聡明で剣の腕も立つ、次期君主に相応しい人物だ。

 エマがレオナールの秘書官から大量の仕事を渡され、途方に暮れていたときに、手を差し伸べてくれた。

 南殿(なんでん)にある王太子の執務室に呼び出された時は緊張したが、王太子は応
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